「ありがとう」と「あたりまえ」

去年、僕の通う教会の牧師がメッセージで、そして最近北海道の友人がFaceBookでシェアしていた言葉。

「ありがとう」の反対の言葉は「あたりまえ」。「ありがたい」は「有り難い」こと。

実は火曜日に息子(9歳)が左わき腹と腕に原因不明の非常に強い痛みを覚え、病院を4箇所まわった(たらいまわしともいう)後、県の小児医療センタに入院することになって、どうなるのか分からない不安の中でこの言葉「ありがとう」と「あたりまえ」がずっと僕の中で繰り返されていたのでした。

41℃近い高熱と、強い痛みに苦しむ息子。血液検査でも原因が分からず、いろいろな可能性があると言われる中で、健康優良児のアキとの生活を当たり前のように感じていたことを、そして状況が変わって初めてそれが有り難いことであることを痛感させられました。

この数日間、家と病院を行き来しながら、ぼくの思考も行ったり来たり。

僕らの日常は、小さな「あたりまえ」の積み重ねで成り立っていて、その小さな「あたりまえ」は「ありがたい」ことの連続だということ。いつも、すべてに、「ありがとう」といって暮らすのは疲れてしまうけれど、たまにはゆっくり日常を振り返って、いかに「ありがたい」ことの連続によって自分が支えられていることをかみしめるのは、決して時間の無駄ではなく、逆にとっても贅沢な時間だと感じたのでした。

家族と離れて(愛子もアキの付き添いでずっと病院なもので)の生活はとても寂しいのですが、大きな糧にしていきたいと思います。

アキの病気は相変わらず原因は分かっていないのですが、症状はかなり緩和され、昨日からは自分で食事も取れるようになっています。非常に少ない症例なので、入院はもしかすると2-3週間に伸びるかもしれないと昨日医者に言われたのですがどうなることやら。

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