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来客

 昨日の朝に千葉から義姉家族4人が遊びに来ていて家の中は子供たちの運動場となっています。色々な人と話すと色々な気づきがあって本当に良いことと痛感しています。 
Children_100407.jpg

 実は僕自身の人間性について考えさせられる本に出会ったのは、家の本棚で眠っていた「THE CELESTINE PROPHECY」という小説。 2年位前にふと手にとって読んでから自分自身を見つめ直すきっかけになったのですが、その本は義姉が愛ちゃんに勧めた本だったのです。 そんな話をしたときに、義姉がふと漏らしたことば。「なんだ、私がきっかけだったの。」自分の言葉がどうやって未来に繋がっていくのか、本当に分からないものです。 だから僕もつまらない文章と思いつつも、発信していきたいと思うのです。

 僕の今のキーワードは「過去の清算」。
これは、榛名で長年自然農の田畑を営むTさんが過去をどのように処したのかと言う話をされた時に使われた言葉。

僕はいつもこうしたい、こうありたいという目標を糧に今を過ごす傾向が強いのです。それなので過去をどのように処理するのかと言うことに関してはいままであまり意識したことはありませんでした。
流れていく過去。今を形作る過去。過去に対してそんな漠然としたイメージしか無かったのが、この「過去を清算して生きる」という言葉に出会ってから過去がもっと有機的な、生命を感じるものに感じられるのです。

 自分の過去とどのように向き合うのか、どのように処すのかはどのような未来を目指すのかと同じくらい、もしかするとそれ以上に大切なことなのではないかと感じています。たいしたことが無いと言っても、人それぞれの過去、蓄積がある。その蓄積を、今を生きるために、未来に繋ぐためにどのように生かしていくのかを考える。そうすると、目の前で起きていることが違った表情を見せてくることに気付かされるのです。 
自分の人生に蓄積が無いと思った瞬間に、今を生きることや、あるいは未来の絵を描くことが苦しくなるのではないか、そんな風にも思うのです。

自然農の畑は過去が蓄積した畑。過去を迷惑なものととらえず、今を生きる糧とする、未来の命に繋ぐ大切なものと考える。過去と現在と未来がお互いに繋がりながらめぐる命。

 過去をどうやって処すのか。 絶え間なく続く過去の清算の上に今の自分があることを忘れないようにしよう。

 過去って素敵だなあ、と思う今日この頃です。
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